2012年 03月 01日
現在、呉冠中さんの自伝「我負丹青」をちまちま読み進めています。 17歳で早くも藝術的ソーカツというのは、あまりに早計だった。 抽象画と風景画と作風があるのは、実はあまりに深いワケがあるのだった。 もともと中華民国の国費留学生として、パリでJean Sourverbieに師事していたものの、 人民中国の成立で1950年に帰国の選択をする。 (妻子を置いておいての留学だからして、当然・・・) そして、待ち受けていたのは ------------------------------------------------------------------ 我是第一次到北京,故宫,老城,狭窄街道上华丽的牌坊, 这吻合了我想象中的故国旧貌,所谓传统。 街上行人如蚊,一律青,灰衣衫,与黄瓦红墙不属于同一个时代。 教育部归国留学生接待处在西单旧刑部街, 我办完报到手续住下后,第一件事是到东安市场买一到蓝布制服,换下西装革履, 才可自在第进入人群。 接待处的工作主要是联系分配留学的工作岗位, 等待分配期间安排政治学习及政治报告。 ... ------------------------------------------------------------------- なんとか中央芸術学院の教職員として配属されたものの、 肝心の画の方は、周りの社会の雰囲気とはしっくりこない。 ------------------------------------------------------------------- 在北京街头遇到一位北方农民,一身靛蓝衣服,形象特别好, 入画,便出钱请到我家. ... 我将这位北方老乡画在南方农家小屋里,给他戴上大红花,一个孩子伏在他身上, 题目是《爸爸的胸花》,这是看到土改后农村参军启示吧。 但我的画反应不好,被认为是形式主义的,改来改去都不行。 后来又试画别的题材,总说是丑化了工农兵, 如果苏弗尔皮老师看到这些画, 他大概会说:哼,漂亮啊! 我夹在东西方中找不到路,与领导及群众隔着河, 找不到桥,连独木小桥也没有。 妻怀了第二个孩子,我们到处找打胎的, 有人介绍有个日本医生肯做,找到他的诊所,已被封门了。 当妻躺在床上闹阵痛时,我正在画布前拼搏,没有放下画笔到床前安慰她, 我无法掩饰自己的自私。 然而,画仍遭排斥。 逼上梁山,改行作风画的念头开始萌芽了。 ----------------------------------------------------------------- そうだったのか、そんな人生の選択の反映があったとは・・・。 さらに追い打ちをかけるように、反右派闘争が始まって、 西洋的!?ブルジョワ的!?なものが排除されていき ついに中央芸術学院そのものが廃校の憂き目に・・・。 美術学科が否定されて、仕方なく建築学科で画を教えることとなって、 第三の画風(建築画!?)が誕生 ![]() そして、その後の文化大革命では・・・ 2012年 02月 24日
昨日から読み始めた呉冠中さんの自伝『我負丹青』 1919年に浙江省の貧乏田舎教師の家に生まれた呉冠中さんなのだが、 苦学の末、学費免除の特待生として入学した職業学校だったのだが、 夏休みに参加させられた軍事教練で、 正確には軍事教練合宿で一緒になった美術学校の生徒と・・・。 ---------------------------------------------------- ... 浙大高级工业职业学校读完一年, 全国大学和高中一年级生须利用暑假集中军训三个月。 我和国立杭州艺专预科的朱德群被编在同一个连队同一个班, 从此朝朝暮暮生活在杭州南星桥营里,年轻人无话不谈。 一个星期天,他带我参观他们艺专。 我看到了前所未见得图画和雕塑,强烈遭到异样世界的冲击, 也许就像婴儿睁眼初见的光景。 我开始面对美,美有如此魅力,她轻易就击中了一颗年轻的心, 她捕获许多童贞的俘虏,心甘情愿为她奴役的俘虏。 十七岁的我拜倒在她的脚下,一头扑向这神异的美之宇宙, 完全忘记自己是一个农家穷孩子, 为了日后谋生好不容易考进了浙江高工的电机科。 ---------------------------------------------------- おー!! いきなり4頁目にして、藝術事始めのソーカツなのか。 それにしても、大胆な表現!! さすがに大ゲージュツ家!! わかりやすいなあ。 やっぱり、ここまでイッてしまわないと。 ちなみに、こうしたパッション系気質は母親譲りだと、 その前に書いてあった。 ---------------------------------------------------- 青春期的草木都开花,十七岁的青年感情如野马。 野马,不肯归槽,我下决心,甚至拼命,要抛弃电机科, 转学入艺专从头开始。 朱德群影响了我的终生,是恩是怨,谁来评说, 竭力反对是我的父亲,他听说画家没有出路, 他梦幻中的龙消逝了。 我最最担心的就是父母的悲伤, 然而悲伤挽回不了被美诱惑的儿子, 一向听话而功课优良的儿子突然变成了浪子。 ----------------------------------------------------- それでやっぱり、そうなっちゃいましたか。 聞き分けのイイ子が、「浪子」さんか。 (追記)ネットで調べてみたら、呉冠中さんは、 2010年7月に、90歳でお亡くなりになられていた。 2012年 02月 23日
懲りずに図書館の中国本ライブラリから、今度借りてきたのは、 中国の世界的画家らしい呉冠中さんの自伝「我負丹青」というもの。 無学な私は、この呉冠中さんを存じ上げなかったのだが、 本をチラ見したところ、巻頭カラーページに作品が収められていて、 なかなか上品な作風なので挑戦することに。 で、どんな画なのかって、紹介しようと同じものをネットで探したのだが見つからず。 とりあえず、特徴のあるもの二種。 最初の作風は、 ありそうだけど、凡人には書けるものではない完成された構成美のもの。 ![]() そして、風景画もこの人だと、大胆にコレだ。 ![]() さて、本人による序文を読み始めたら・・・ 前言 --------------------------------------------------- 身后是非谁管得,其实,生前的是非也管不得。 但生命之史都只有真实的一份,伪造或曲解都将被时间揭穿。 ... 书分三部分, 第一部分叙“生命之流”,即随着岁月的流逝和生活的经历, 记自己思想感情的成长,发展,转变与衰落。 这生命之流如绘了一幅《清明上河图》,着力于长河的全貌与主要转折, 而许多局部细节须用放大镜观察。 第二部分“此情此景”,便全是局部放大图,包括有关生活的,文艺观的, 其中不少文章都是当年针对现实而发,并引起过强烈反响和争议, 今一字不改呈奉于新读者前,读者有最大的自由选择自己有兴趣的篇章。 第三部分是年表,那是生命支付的账单,备查支付的误差。 ------------------------------------------ 吴冠中 2004 春节 おっと、やっと忘れかけていた因縁の「清明上河図」が登場!! そういえば、残りの展示物の故宮博物展の方もグダグダしていて、 結局行かずじまいだったな。 それに、横浜中華街の春節パレードも、 今年は新聞にも予告紹介記事が載っていて、 例年に増して混みそうな雰囲気なのと、 例年にない寒さと横浜地区のインフルエンザの大流行の噂にビビッて、 こちらも行かずじまいだった。 さてと、 序文から窺がわれる本文の様子は、画の作風と同じく、大胆にして几帳面そうな雰囲気。 要するに、第一部は書き下ろしの半生記で、第二部はいままで方々に出した散文で、 第三部に付録として年表を付けましたということらしい。 でも、その年表の記述が細かくて、一年一年、何歳で何々しましたと書いてある。 きっと血液型がA型なんだろうな。 2011年 12月 27日
まあ年末だというのに、遊んでばかりで、中国語はどうなった!? 実は、図書館から冰心さんの回想録を借りて、通勤テキストとして読んでいたのだが、ペースもあがらず60ページぐらいで期限切れで返却。 あーあ、今年は冴えないまま終了か。 言い訳をすると、この回想録、書き下ろしで書かれた回想録ではなくて、ところどころに散文として書かれたものを、晩年にまとめたもの。 幼少の頃の話とか、本人も断わっているものの、なにかと重複する内容の文章もあって、誠に申し訳ないんだが、どうしてもバアさんくさい印象が・・・。 もちろん、文章自体は、とりわけ上品な冰心さんだから、上品な文章なのだが、語学的うつの病み上がりの身にはちょっと重くて、テンションあがらず。 それにしても驚いたのは、冰心さんにしても、文化大革命の波をもろにかぶっていたこと。 浅学の身には、世代的に、60年代には既に60歳過ぎの半ば引退した老人として、そっとしてもらえていたくらいにしか思っていたのだが、とんでもなかった。 中国の社会科学関連の学者として、地位を築いていたご主人が、中国国内の「社会科学」そのものが否定されて大学から追放されるに及んで、夫婦ともに農場で再学習で重労働の日々なのだったんだ。 知らなかった。 そして、そんな暗い時代での社会復帰のキッカケが、なんとニクソン訪中だったらしい。 急遽、国家レベルの米国との交流で、米国留学で英語堪能な冰心夫妻が、各種文書翻訳のエキスパートとして抜擢されたというのだ。 米国史的には、なんとも最低なアメリカ大統領として名を残したニクソンが、冰心さんの救世主だったとは!! そんなことが、ちょっと判ったところで、図書館に返却。 とりあえず、今度は気分転換で林語堂さんの散文集に手を出すことにした。 こちらと、ちびちび交互に読んでいけば、延滞なしで二冊も読めちゃう!? 2011年 12月 08日
亜東書店の冬のセールで購入した本が到着。 さて、その内容の第一印象は・・・。 1.「老舎画説北京」北京出版社 老舎の愛した北京の情景(昔のモノクロ写真)と、関連した作品の抜粋の組合せで構成。 期待した以上に写真が多い。ちょい大きめ変形サイズのビジュアル系。 2.「中国京劇二十講」広西師範大学出版社 宣伝では、主要作品を多角的に分析云々だったような気がするが、 "北大著名教授潜心之作、中国伝統文化通俗読本"の副題が示すように、 なかなか濃い内容。 "通俗読本"とは、何をそんなに謙遜されなくても、大学テキストそのものでしょ。 出版元だって、広西師範大学出版社なんだから。 京劇芸術論、主要流派解説、主要作品解説とバランス良く構成されている雰囲気。 3.「京劇知識手冊」天津教育出版社 "弘揚民族文化、普及京劇知識"とのテーマを掲げてらっしゃいます。 京劇の歴史、役柄の定義、その他あらゆる京劇用語の解説と、こちらも熱い!! ページも600ページ弱と厚い!! しかも、巻頭にカラーページがあって、小さい写真ながらも、演者の写真もたくさんついていて、これが882円とはお買い得。 4.「中国鳥信仰 関於鳥化宇宙観的思想」学苑出版社 個人的印象では、硬い本の学苑出版社ということで、 そこそこ通俗的な民俗文化系の本なのかと思って買ったのだが・・・。 "三足鳥文集"という謎のフレーズがついておりました。 かなり専門的な内容で、どちらかというと考古学じゃないのというような印象。 古代の出土品の紋様に出てきた「鳥」が、どうのこうので、 その写真が満載で始まっていて、徹底、鳥信仰文化論を展開。 "鳥化宇宙観"は、シャレでは済まされない雰囲気。 うーん、うーん、さすがは畏るべし学苑出版社。 2011年 04月 25日
既に書いたように、先週、三毛作品集第二巻「雨季不再来」読了。 この第二巻は、第一巻の続編なのかと思いきや、 予想に反して、三毛さんの若い頃、 アマチュア時代!?の作品から、その足跡をたどるという展開。 多感な少女時代の「習作」から始まって、 オジサンには、正直ちょっと勘弁してくださいという感じなのだが、 なんとか第一巻「撤哈拉的故事」の直前にまで、たどりついて終了。 人格形成期の秘密!?とか、外国人ダーリンとの出会いとかが、 明らかにされているという点で、三毛ファンには貴重というところ。 最後の方で、「撤哈拉的故事」の起点のような描写が出てくる。 サハラ砂漠で見た、土葬の墓場。 しかも、深夜に。 -----------------------------------平沙漠漠夜带刀 话说有一夜,在朋友处吃完烤骆驼肉出来,已是深夜一点, 他们说:“住下来吧!明早回去。” 我想想,一点钟并不晚,所以,还是决心走回去。 ... 到家要走四十分钟,路程并不算很远,可恨的是, 路上却要经过两个大墓场。此地沙哈拉威人不用棺木, 他们将死去的人用白布包起来, 放在沙里,上面在压上石块,不使死人半夜里在座起来而已。 那夜,有月光,我大声唱着此地“沙漠军团”的军歌,往前走。 后来一想,还是不要唱歌比较好,一唱目标更显着。 沙漠里没有灯,除了风的呜咽声,我只听见自己的脚步声。 ... ----------------------------------------------------- 大声で歌いながら、闊歩する三毛さん。 そして、とうとう問題の墓場にさしかかると・・・ ----------------------------------------------------- 我在坡上站了一会,前后看了一看,这是的心情,没人来, 我怕,荒野里来了个人,我更怕。 万一来的不是人呢? 哗,头发一根根直立起来,不敢在胡思乱想了。 快走完坟场了,咦,前面地上,有个影子动起来。 先是伏在地下的,挣扎着两手向天,又跌下去, 没一下又挣扎起来,又跌下去了。 ------------------------------------------------------ 出た!? 幽霊!? 盗賊!? それでも、へこたれないところが三毛さん。 気を取り直して、問い詰めてみると・・・ ------------------------------------------------------ “谁?不要脸,躲在这吓女人,有种吗?” 我不怕啦,用西班牙文骂这个人。 “我,我...” "是贼吗?半夜里来偷坟场,是不是?" 也不知哪里来的勇气,我大步走上前去, 一看,咦! 小家伙嘛,不到二十岁,满脸都是沙土。 “我在母亲坟上祷告,我没有要吓你” “还说没有。”我推了他一把,他快哭出来了。 “小姐,是你吓了我,真冤枉,是你吓了我,我...” ... ------------------------------------------------------ 驚かしていたのはアンタの方でしょと、泣き面の少年が登場。 こっそり深夜の墓参りかいな。 2011年 04月 13日
まあ、大した分量ではないのだが、なんとか無事に読了。 サハラ砂漠での生活で見聞したことをまとめたオムニバス。 結婚して新居に引っ越した顛末が、その最後の話。 またもや、ちょっとつまみ食い。 -------------------------------------- 《白手成家》 ... 又有一天,房东来了,他一向很少进门内来坐下的。 他走进来,坐下了,又大摆大摇得起身各处看了一看。 接着他说: “我早就对你们说,你们租下的是全撒哈拉最好的一幢房子, 我想你现在总清楚了吧!” “请问有什么事情?”我直接的问他。 “这种水准的房子,现在用以前的价格是租不到的, 我想――涨房租。” 我想告诉他――“你是只猪。” 但是我没有说一句话,我拿出合约书来, 冷淡的题丢在他面前,对他说: “你涨房租,我明天就去告你。 ------------------------------------------------------- 引っ越した家の中をきれいにして落ち着いたとたん、 見透かしたようにやってきた大家。 そして、いきなり家賃の値上げを言い出した。 そっちがその気なら、受けて立つぞと・・・。 --------------------------------------------------- “你――你――你们西班牙人要欺负我们沙哈拉威人。” 他居然比我还发怒。 “你不是好回教徒,就算你天天祷告, 你的神也不会照顾你,现在你给我滚出去。” “涨一点钱,被你污辱我的宗教――”他大叫。 “是你自己污辱你的宗教,你请出去。” “我――我――你他妈的――” 我将我的城堡关上,吊桥收起来,不听他在门外骂街。 我放上一卷录音带, 德沃夏克的“新世界”交响曲充满了房间。 我,走到轮胎做的圆椅垫里,慢慢的坐下去,好似一个君王。 ------------------------------------------------------- さすがは、三毛さん。 古タイヤをベースにしたソファに座って、 ドボルザークの「新世界」で厄払いで、王様気分ですか。 わはは。 そして、私は作品集第二巻に突入なのだ。 なんとか今週末には、 二冊とも図書館に返却できそうな雰囲気になってきた。 2011年 04月 11日
地震前に三冊の三毛関連本を図書館から借りていたのだが、 そのうちの一冊、書簡集「我的霊魂騎在紙背上」は、確かに返却したのだが、 実は・・・、 三毛作品集二冊は・・・、 まだ返してなかったのだ!! ゴメンナサイ。 だって、新たに貸出ししてくれそうにないんだし・・・。 ということは、ちゃんと読んでから、お返ししないと!! で、さらに延滞をきめ込んで、 三毛作品集第一巻「撤哈拉的故事」を読んでいるところなのだが、 これがあまりにおもしろすぎる!! 基本的に、外国人のダーリンとサハラ砂漠に移り住んだ、 若い女性のトンデモ体験記なのだが、 なんといっても、そのサハラ砂漠の現地の風習が!! “沙漠观浴记”----------------------------------- ... “她们说你不洗澡,只是站着看,有什么好看?”老板娘很有兴趣的问我。 “看你们怎么洗澡”我笑着回答她。 “你花了四十块钱就是来看看?”她张大了眼睛。 “不贵,很值得来。” “这儿是洗身体外面,里面也要洗。”她又说。 “洗里面?”我不懂她说什么。 ... ------------------------------------------------- 砂漠の風呂屋「泉」に、興味本位で行ってみたものの、 四年間たまった垢を落としに来たという女性の汚さに度肝を抜かれて、 自分は何もしないで飛び出した三毛さんだったが その時、サウナ風呂の女将が発した、 謎の言葉、内部を洗う!? その答えを探すために、人目を忍んで海辺に出掛けてみると、 そこで見たものは・・・。 ------------------------------------------------- ... 这些女人将水桶内的海水提到沙滩上, 倒入一个很大的罐子内,这个罐子的下面有一条皮带管可以通水。 一个女人半躺在沙滩上,另外一个将皮带管塞进她体内, 如同灌肠一样,同时将罐子提在手里,水经过管子流到她肠子里去。 ... 据“泉”那个老板娘说,这样一天要洗内部三次,一共洗七天才完毕, 真是名副其实的春季大扫除,一个人的体内居然容得下那么多的水, 也真是不可思议。 过了不久,这个灌足水的女人蹒跚爬起来,慢慢往我们的方向走来。 他蹲在沙地上始排泄,肚内泻出了无数的脏东西, 泻了一堆,她马上退后几步, 再泻,同时用手抓着沙子将她面前泻的粪便盖起来, 这样一面泻,一面埋,泻了十几堆还没有停。 ... ----------------------------------------------------- ひょえー。わはは。 2011年 02月 23日
「紅色少女日記」から、もう少しつまみ食い。 ☆紅色ちびまるこちゃん、巴金を批判するの巻 1967年10月19日 星期四 ----------------------------- 《家》是一株“毒害人民的大毒草。” 他哪儿像毛主席说的文艺要为工农兵服务, 为工农兵所创造所利用,他打着反封建家庭的幌了, 向人民宣传的是那些喝人民血吃人民肉的贵族地主, 为那些杀人不眨眼的霸王唱颂歌:... 《家》公然把被剥削者鸣凤写得如何爱三少爷觉慧, 佣人老黄妈又怎样慈母般地爱戴大,二,三少爷,把他们当作儿了。 ------------------------------------------------------------ 巴金の代表作「家」が、人民を毒していると「文化大革命」的批判。 もともと、はるか昔の作品をほじくりだしてきて、 封建時代を背景に書いているから、けしからんとは、 いいがかりもいいところ。 共産党書記長にして、まるで歴代皇帝の横暴ぶりにそっくりとは、 なんともアジア的展開。 これでその権力の座が世襲制だったら・・・。 ☆紅色ちびまるこちゃん、去年の今頃を思い出すの巻 1968年1月28日 星期日 ------------------------------- 《人民日报》1月24日转登的《安徽日报》社论-- “敌人利用派性,派性掩护敌人”, 对我们每一个同志是一个多么好的启发和教育呀! 回顾去年这个时候,正是四平“内战”最激烈时候。 ... ---------------------------------------------------- 「派性」とは派閥のことらしい。 日記の文面には、 ちょうど一年前には「内戦」が激しかったとあるのだが、 注釈によると、吉林省四平市では、労働者中心と学校関係中心の 二つの「造反有理」文革セクトが存在して、 それは激しい流血騒ぎの内ゲバ状態だったらしい。 最後は、一つの革命委員会に集約されたらしいが・・・。 (もはや、「内ゲバ」が死語か。 かつての日本の左翼活動家さん達は、最近はお互い仲良くされているんですかね。) 2011年 01月 16日
中国全史シリーズ「中国宋遼金夏芸術史」の絵画の解説部分を、 画像とつき合わせて、もう一度、愉しんじゃおうという企画。 まだまだ宋代の作品があるのだった。 今まで見てきたのは、文人画の類で、こんどは花鳥画。 たまには、真面目に時代背景の解説を・・・ 宋代花鸟画(1)概说 [p.85]---------------------------- 统观宋代花鸟画的发展,与山水画有许多类似之处, 从北宋时期花鸟画的创作看, 一方面是得到了充分发展取得了突出的成就, 另一方面它在继承前代诸多风格时又偏重一种风格的继承发展。 五代时期,各国分据一方,画家们各居一隅探索着绘画的表现力, 因而形成带有地域特色的不同画风。 山水画同时又北方的荆,关体系和南方的董,巨风格, 花鸟画则西蜀黄筌的画法和南唐徐熙的画法同时并存, 当时流行“黄家富贵,徐熙野逸”之说。 ... 这一时期,花鸟画的题材更为丰富和广泛, 除了宫廷苑囿里的奇花异兽仍是画家们热衷描绘的对象外, 自然界中的荷塘衰柳,芦花凫雁,山花野禽的荒寒之趣, 梅,兰,竹清幽孤高之韵, 也都成了一些画家笔下诗意浓郁境界清幽的图画。 同时,文人学士绘画潮流的勃起, 以水墨为主要表现手法的墨竹,墨柏,墨兰等, 给精工雅丽的花鸟画坛送来一股清隽的风,“意足不求颜色似”, 在院体花鸟画兴盛的同时,拓开了另一片新天地。 ... ---------------------------------------------------- なるほどねえ、 各地特色のもの、身近な題材をとりあげながら、 幽玄の趣の域に達しているとな。 最後の部分は、 「水墨画であって色を使わずとも、画家の意図は出せるのだ」 ということ!? さてと、 それでは、崔白さん(参考・百度百科)から。 ---------------------------------------------------- 崔白,字子西,濠梁(今安徽凤阳)人,生卒年失考。 花鸟画经过北宋前期百年左右时间的酝酿,于熙宁元丰之际, 其艺术水准达到空前未有的新高度, 而崔白则以其丰富高妙的艺术创作起了决定性的作用并产生了巨大的影响。 ... ---------------------------------------------------- ![]() ----------------------------------------------------- 《双喜图》,绢本设色。 图中树干上有作者自题“嘉佑辛丑崔白笔”的款识, 可知是崔白于1061年所作。 画面是深秋景象,疾风劲吹,树枝摇动,使二喜鹊鸣噪不安, 也引得树下野兔回首仰望。鸣禽一飞一止,动态极为传神。 ... ----------------------------------------------------- ふーん、疾風の中で、鳥がばたついていたのか。 そう言われてみれば、半分枯れかかった木の葉っぱが、 みんな横になびいている雰囲気あり。 その一瞬の様子を絵にしているとは、かなりの動体視力の持ち主。 野うさぎが、その様子を下から覗き上げているのか。 こちらは、申し訳ないが、ちょっと生物学的には無理のある、 首の回り方のような気がするが・・・。 ![]() ---------------------------------------------------- 《寒雀图》,绢本设色,藏故宫博物院。 一棵偃仰曲伸得枯树上,九只麻雀飞鸣,跳跃,憩息, 窥视其间,形态各异,神情动人,野趣盎然, 要是有人惊动它们,好象就会脱纸而飞,令人观赏玩味不已。 ---------------------------------------------------- どうやら、ころがっていた画像は、絵の一部らしい。 どう見てもスズメは2羽しかいない。 スズメが羽を広げたまま飛ぶことは無さそうなので、 こちらもかなりの動体視力を感じさせる。 そして、ここまで写実的に描けるとはおそるべし。 絵から飛び出してきそうな勢いとは、正にこのことだ。 是非とも、9羽揃ったところを見てみたい。 < 前のページ次のページ >
|
アバウト
最新の記事
以前の記事
カテゴリ
気ままに
ブログ記事index集 お気に入り中国本 勝手に読書メモ 悦楽銀輪生活 その気でソルトフィッシング 華流ドラマ覚え書き 中国産DVDレビュー 99位当代名家的 北京旅行記2009 中国Webサイト探検隊 my中国語環境 105円文庫 無料配信動画研究 作業用 広告ページ 検索
** お知らせ **
1)紫色表示部分は、 簡体字中国語フォントです。 2)記事で紹介した中国Webサイトへのアクセスは自己責任でお願いします。 (記事では、リンク設定してありません。) 3)過去の記事へのコメント、質問も歓迎します。(特にmy中国語環境) 4)中国語学習情報ステーションへのTBを始めました。 <<リンク>> 中国語学習情報ステーション タグ
最新のコメント
最新のトラックバック
お気に入りブログ
おすすめキーワード(PR)
ファン
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||